【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)

2011.07.11 Monday 19:42
くっくり



 しかし、これこそが日本の歴史のパターンである。すなわち、長い安定と沈滞の時代が短時間の事変でときどき分断されるが、その事変はバイオレントであることが多い。1860年代に西洋のプレッシャーで開国せざるを得なくなり、日本は近代化に乗り出した。それは中世から20世紀までの時期を一世代の期間で経験するほどの、エネルギッシュなものであった。

 この発展が生んだ地震は1945年に終わった。敗戦後の回復は驚くべきものだった。単に豊かな国というレベルになったのではなく、経済大国という地位にまでのし上がったのである。このことは週末に起きた災害のもっとも年長の犠牲者について、忘れてはいけないことだ。どれほど喪失が大きくても、どれほど彼らの艱難辛苦が痛ましくても、この人たちこそ太平洋戦争を生き延びた人たちなのだ。

 今回の悲劇は、国民の士気が異常なまでに低くなっているときにやってきた。絶望というよりもむしろ無気力、麻痺、憂鬱のとき、と言ったほうがいいだろう。そういうときにこの悲劇が起きた。15年間、日本経済は低迷していた。昨年は日本の多くの人にとって寒気がするほど象徴的な瞬間があった。中国が日本を追い越して、アメリカに次いで世界で第2位の金持ち国になった。(中略)

 日本は犯罪、若者の目的喪失感、教育水準の低下、中国の台頭、核保有国である北朝鮮の予測不可能性など、不安の真っただ中にいる。そして今回の打撃の影響はどうなるのか。この打撃は揺らめく日本を屈服させるだろうか。あるいは、日本はいままでと同じように対応して、この暗黒のときから団結して立ち直るだろうか。

 この判断をするのは震災後5日後の時点ではまだ無理だ。しかし、原発の危機に関する政府の対応がどうであれ、一般人が立ち直り、再びこの社会の強さを見せていることは明らかである。

 目立った略奪もない。食糧や水やガソリンが不足しているにもかかわらず、誰も口論しないし、クラクションも鳴らさない。

 日本人のもてなしの心はむしばまれていなかった。仙台では、市役所がホームレスの旅行者のための宿泊所になっていた。

 日本が地震と津波から立ち直ることにはまったく疑いがないが、さらには世界を感嘆させるペースでそうするだろう。これほどまでに地震が活発な国に、これほど多くの原発を建設したことで、日本はとてつもなく間違った判断をしたことが証明された。これからの何週間で日本はこの危機にどう対応するのか、政府はその能力を容赦なく試されることだろう。

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