2011.07.11 Monday 19:42
くっくり
被害の深刻さを知ったのは翌日、救助に来た自衛隊のヘリの窓から海岸沿いを見た時だった。「屋根の上で必死に助けを求めてる人や、動かなくなった人がいた。この世のこととは信じられなかった」
3月24日に帰国。被災地を知る数少ないカナダ人として、新聞やテレビ、ラジオなど20を超えるメディアから取材を受けた。最初の4〜5社までは、震災の悲惨さがフラッシュバックし、感情が高ぶったこともあったという。それでも最後に必ず寄付金を募ると、計1000万円を超える援助金が集まった。
女川町には、1945年8月9日に町内で日本軍に撃墜されたカナダ人、ロバート・グレー大尉の戦没記念碑がある。グレー大尉はバンクーバー市近くのネルソン市出身で、「カナダ軍最後の戦死者」として同国内で勲章も受けた。ネルソン市には、女川町から中学生が毎年短期留学するなど交流が続いている。
日本に再び戻ったルジアさんは「両国のこれまでの交流が援助を後押ししたのかもしれない。心のこもった大切なお金なので、援助金の使い方はこれから考えたい」と話している。【川上晃弘】
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