【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)

2011.07.11 Monday 19:42
くっくり



 日本語学校経営者らが世話人となり設立した「震災復興支援日本語学校協議会」がボランティアを募集した。同協議会は、被災地にまとまって入った外国人ボランティアとしては最大規模とみている。

 この日に活動した住宅街は海岸から約1キロ離れているが、高さ1.5メートルを超える津波に襲われた。震災から2カ月半が過ぎても片付けが進んでいない住宅が多く、汚泥や食品、魚などが腐ったにおいが覆う中、留学生は黙々と作業を続けた。

 がれきの中から出てきたのは名前が書かれた鍵盤ハーモニカやランドセル、クマの縫いぐるみ−−。日常生活が一瞬で奪われた現実を目の前にした留学生は「本当に恐ろしい」と言葉少なに語った。

 ルーマニア出身のロイナ・ニコレッタさん(26)は「ショック。日本語、ルーマニア語でも今の気持ちを表現する言葉を知らない」。それでも気を取り直して「こんな時だからこそ日本も外国も関係なく力を合わせないと」と歯を食いしばりながら住宅内から汚泥をかき出していた。【前田洋平】

東日本大震災:母国カナダで援助金1000万円集め再来日(毎日6/4 11:21)
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 宮城県女川町でALT(外国語指導助手)をしているカナダ国籍のマイケル・ルジアさん(27)が震災後に母国に帰り、1000万円以上の援助金を集めて日本に戻った。同町には太平洋戦争で日本軍に撃墜されたカナダ人大尉を祭る碑があり、カナダと縁が深い。ルジアさんは「被災者への思いはどの国も同じ。この悲劇をきっかけに、ますます両国がつながれば」と話す。

 ◇女川のALT、ルジアさん

 ルジアさんはバンクーバー市出身。地元大学で日本語を学び、日本政府主催の国際交流事業で、08年8月に女川町に赴任。女川一中、二中、女川四小で英語を教えていた。

 地震に遭遇したのは、二中の授業を終え職員室に戻った直後。二中は離島・出島(いずしま)の中央部にあるため、津波襲来は知らなかったという。

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