今、武士道精神がニッポンを救う!「ビーバップ!ハイヒール」より
2011.06.13 Monday 18:54
くっくり
「FUKUSHIMA50」にも同じことが言える。
そう、原発事故発生直後、構内に残り復旧に当たった50人の作業員。
笠谷教授曰く、「欧米は、福島の事故を見た時、これはもう打つ手なしだと。ところが日本の職員は立ち向かっていった。これはおそらく、外国の人から見たら信じられないこと」。
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■世界が賞賛した「1枚の写真」〜日露戦争を生き抜いた武士道物語〜
これは日露戦争中に撮影された写真。
世界が驚き、賞賛した写真である。
image[010613-08nichirophoto1.jpg]
2列目向かって左から2人目が日本軍大将の乃木希典。
その右隣がロシア軍司令官のステッセリ(ステッセル)。
なぜ世界はこの写真に驚き、賞賛したのか。
その裏には「武士道」が秘められていた。
……1904年、日露戦争開戦。
国力を考えれば、圧倒的にロシアが有利。
日本軍はこの戦争に勝つためには、ロシア軍の太平洋艦隊を撃破しなければならない。
そこで艦隊が停泊する旅順に狙いを定めた。
要塞攻撃を担当したのが、乃木希典大将。
image[010613-09nogi.jpg]
必勝を託されたその激戦は、およそ4ヶ月もの長きに渡った。
その間に日本は3度の総攻撃を行ったが、ロシア軍も総力を挙げて反撃。
一進一退の攻防が続いた。
日本軍はこの戦いだけで1万5000人を超える戦死者を出すことになった。
そこには乃木大将の2人の息子…長男・勝典と次男・保典も含まれていた。
image[010613-10nogimusuko.jpg]
ただそれでもなお攻撃を続ける日本の前に、ロシアも次第に兵力が枯渇していく。
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