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- yama
- 2009/07/06 11:36 PM
- >unknown_protcolさん
>crowさん
まずは返答に感謝を。掲示板の方には誰も反応しないから、所詮はネット弁慶か、なんて思ってしまいました。
で、うん、俺も理解はしているんだ。政治ってものが複雑怪奇なものだってことは。けどもう1度言うけど、自分の生活のことだけで精一杯なのよ。自民公明民主社民共産保守リベラルその他が渦巻く政治の海に漕ぎ出すなんてことができるんだったら、そもそも失業することも無いはずだし、さかのぼれば大学サボって退学るなんてことにはならなかったはずなのよ。あっ、誤解しないでもらいたいのは、退学も失業も俺自身の責任でしかないからね。これはあくまでcrowさんの「あなたが立候補」に対する俺なりの見解ですから。
- おれんじ
- 2009/07/07 01:19 AM
- yamaさん、人に物を言う時は敬語を使うのが当たり前ではありませんか?相手に敬意を払う事は自分の品格を表す事にもなるのですよ。何て非礼な方でしょう。さすが日教組仕込みの教育で育たれた方ですね。
くっくりさん、入魂の書き起こしありがとうございます。日教組が自分達を正当化してやまない理由が全く理解できません。もう洗脳の域に達していて、改める人もいないのでしょうか。
マルクスは家庭と宗教という二つの障害を取り除くことが理想社会の実現につながると言ったそうです。フェミニストや共産主義に心酔した連中は日本を空っぽでつるっとした無機質な社会にしたいのでしょうか?全く理解不能です。
それと日本は自虐史観から脱して欲しいのですが(歴史的事実を見ても当然と思う)、イギリスは今の百倍ぐらい自虐的になって当然だと思います(笑)。イギリスは良い貢献より悪い貢献の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
- youko
- 2009/07/07 01:20 AM
- 初めまして。youkotと申します。
いつも、くっくりさんの記事を大変楽しみに拝見致しております。
日教組には正直、恨みとも思える気持ちを持っております。
そのため、いつも拝見するだけで終わっていたのですが、書き込ませて頂きたいと思いました。
長文乱文ですが、失礼致します。
内容は、大きく分けて、三つ、です。
一、日教組で受けた教育
二、親に言ってはいけない教育
三、実際家族から受けた性教育
一、日教組について
小学校の頃途中で転校して二年ほどしかおりませんでしたが、正直とても鬱屈した生活を送りました。
自分が通っていた学校は、二、三人の日教組(と思われる)教師がおりまして、彼女達の声にかき消されて、他の教師は全く声を上げられませんでした。
何より、「それは差別だ!」といわれると(本来は区別に相当することでも)、なんて酷い、人間じゃない、というような事を言われるので、優しく真面目な教師ほど、反論できなかったでしょう。
まして、誰も自分の担任に引き取りたがらなかったいわゆる知的障害者の子供を、その先生は引き取ったので、なおさら他の教師は意見をいえなかったのだと思います。
個人的には、あの仲良し学級は、最低であると思いましたが。
少なくとも、知的障害者の子供に「優しく接することが善」で、たとえば「その子がいきなり女の子の股間に手を伸ばしてきて、思わず嫌悪感を抱くのは悪」というような環境でした。私には耐えられませんでした。
その教師の体育の授業では、足が上がる角度が少し違うだけで怒鳴られ、平手をされる、軍隊並みの行進練習をさせられましたが、あれは彼らの嫌う旧日本軍の訓練とどれだけ違ったのでしょうか。昔に戻れるものなら、質問してみたいものです。
通常授業では、国語・社会・道徳の授業は全て、同和問題・戦争問題(南京大虐殺など)について行われました。授業中は、生きていくことが嫌でしたし、何で日本人に生まれたのだろうかと、本当に思いました。自殺したいなーと思ったのも、この時期です(小学校、五・六年)
それとは別に、勉強したいという気持ちもあったので、余りにも勉強できない授業に苛立ち、親に塾に行きたいと、お願いしました。経済力がある程度余裕があったのか、快く行かせてくれましたが、塾に自分から行きたいと言ったのは、小学生の時だけです。
本当に、あの時代は暗黒でした。
二、親に話すな
性教育ですが、教師の「親に相談するな」というのは、詐欺の常套手段だと思うのです。
詐欺師も、美味しい話を持ってきて、「家族に言うと反対されるから、絶対言うな、相談するな」といいます。
子供が家族に話せないような授業内容など、おかしいというべきでしょう。通常なら、学校で遣ってきたことを家で報告することで、子供は自分が学んだことを自動的に復習し、身に着けていくものです。
親に話すことは、子供にとって重要な学習の一つです。
それをさせないというのは、どういうことなのかと、声を上げて言うべきだと思います。
三、自分の家族からの性教育
というと、語弊があるかと思います。
低学年の頃は、性教育の「性」の字も学校も親も言わなかったと思います。
ある日、見慣れぬ本が、本棚にあり、なんだろうと手に取ったのが中学生の頃だったでしょうか。
それが、性教育の本でしたが、その横にはAIDSに関する本も置いてありました。
あらゆる意味で衝撃でしたが、AIDS及び感染症の方が、私はまず尻込みしました。
直接行為そのものについて、親に質問したことはありませんが、はっきりと子供がしてはいけないことだと思ったのは、
「もしも、私が学生結婚したらどうする?」
と、軽く聞いた時です。
父は、
「独立させる」
とばっさりと言いました。
「結婚も妊娠も、責任ある大人がするべきことであって、特に妊娠というのは親以外頼ることの出来ない命を背負うということだ。私達にはお前を一人前の大人として、接する義務がある。従って、学費も生活費も、一切援助しない」
なんだか、見捨てられた気分になりました。
「子供が困っていても?」
「結婚するということは、妊娠するということは、自分以外の人間に対して、責任が生じるということだ。他人の人生を背負える人間にしか出来ないことだ。それが出来るから、結婚、妊娠をするんだろう。大人に対して、最初から援助するなんて、失礼にあたる」
「えー、でも、私はまだ学生だよ」
「そうだな。だから、そんなことも分からないのならば、結婚も妊娠もするべきじゃない」
もう少し、難しい話もありましたが、覚えておりませんので。
それでも、私は突き放されたように感じました。
しかし、よくよく考えたら、そのとおりです。学生で、まだ小遣い程度しかアルバイトで稼げなく、そんなので生活できるわけが無いのです。
家族から性教育そのものを受けた記憶は、余りありませんが、この言葉はかなり重かったです。
少なくとも面白半分で近づこうという気持ちにはなれませんでした。
「性教育」だけでなく、家族からの「教育」が、重要だと思うのですが、学校は一番子供が居る場所なので、親よりも教師の方が影響力が強いのが、問題が根深いことの一つかと思います。
長文を失礼致しました。
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