[2] これでいいのか皇室報道

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明仁
2007/06/11 03:24 PM
『国を憂い、われとわが身を甘やかすの記』

「過激な週刊誌報道と権力と権威について」 2007/06/11 11:28
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/193467/
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……特に皇室については、当事者たちがまず訴えてくるはないし、宮内庁が抗議してきてもどうということはないので、いいかげんな報道や、いわゆる「飛ばし」記事が横行してきたと思います。ちょっと古い記事ですが、11年前、社会部で宮内庁を担当していたときに、こんな記事を書きました。
 
【社会部発】週刊新潮の皇室記事 一方的報道は不公正
……
こんな記事を書いたところ、私は当時の週刊新潮に「宮内庁の番犬」と書かれました。……
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誤報・捏造報道の具体例の記事で面白いです。ぜひ読んでください。
Tdd
2007/06/11 08:00 PM
>ライアンさん

なんだかよく分からないコメントですね。とりあえずどのへんが当方にとって「よく分からない」のか整理して書いてみます。

(1)あなたがどのようなコメントをご覧になって「異なる価値観を持つこと自体が悪であるかのような書き方をしている」あるいは「他人を見下したような書き方をしている」と判断されたのかが分かりません。具体的な例を挙げていただかなければ当方としては「あなたが主観的に(つまり勝手に)そう思っているだけでしょう?」と考えざるを得ません。

(2)もしそのようなコメントがこのくっくりさんのブログに存在したとしても、なぜそこから「価値観が絶対的に異なる人同士が、こういった問題について熱く意見をぶつけた所で全くの不毛」という結論が導き出されるのか分かりません。

(3)上のように対話や討論を「全くの不毛」と断じておきながら、あとのコメントで「対話を通じて相違点を確かめる」ことを「理想的」と見なしている理由が分かりません。

(4)あなたが何ゆえに「自分の考えに自信を持って」おられるのか、それが分かりません。個々人の倫理観は所詮主観的なものに過ぎず、決してそれ以上のものではないとあなたはおっしゃる。ではあなたがご自分の考えに自信を持つのは、単に主観的な理由、すなわちその考えが自己満足的な感情を最大限に増幅させるからですか? 違うでしょう、ご自分の考えが一般性あるいは普遍性を持つ、くだいて言えば「世間に通用する」とあなた自身が信じているからでしょう? だとすればなぜあなたは「『社会的な価値基準・倫理観』なんて存在する訳がない」などと言えるのですか? 「世間に通用する」と考えることは、「社会的な価値基準」の存在を前提としなければ不可能なのではないですか?

個々の人間が考えることは、現象としてはどこまで行っても主観的なものにすぎません。しかし人間はものを考えるにあたって、虚心であろう、客観的であろうと努めることはできます。ある人が自分の意見を述べたとき、その意見にそのような努力の跡が見られるならば、ぼくはその意見が、自分のそれとは異なっていても一応の信を置きます。それはあなたとて同じでしょう? 「価値観は人それぞれ多様なものだ」という言明は、このような「客観的であろうと努める人」にとっての「戒めの言葉」としてはじめて初めて機能しうるのであって、その条件がなければ実質的には無意味です。なぜなら個々人の意識はそれぞれ「違う」ものであり、つまりは「当たり前のことを言っているにすぎない」ことになるからです。

(5)「法というルールブックがその上位的で絶対的な縛りとして存在し」「『社会的な価値基準・倫理観』なんて存在する訳がない」という理屈が分かりません。「社会的な価値基準・倫理観」が存在しないとすれば、法は「どこから」来るのですか? われわれの知らないどこかから天啓のようにしてもたらされるのですか? ある国の法の制定および改廃はその国の国民の「社会的な価値基準・倫理観」の変遷を反映するものであり、それとの関係を抜きにして「法」について語ることはできないとぼくは考えますが。またその「法」が命じるものは何なのですか? まさにその法自身が「社会的な価値基準・倫理観」の範型たることを命じているのではないですか? さらに言えば、ある法に問題がある、とある人が主張するとき、その人が論拠に持ち出すものは何でしょうか? 内容はどうあれ、なにがしかの「普遍的な」価値基準、少なくともその人が「普遍的に妥当する」と信じる価値基準ではないのですか?

・・・まあ長々と書いてきましたが、結局のところ、あなたのふたつのコメントの内容を総合的に考えてみるに、あなたは「対話」自体は決して否定していない。ただ相手を見下したような「非難の応酬」はよくないと思っている。そしてこのくっくりさんのブログに寄せられたコメントの中に、あなたにとっては「相手を見下したような、他の価値観を持つこと自体を悪とみなしているとしか思えない」ものを見つけて、あなたは「主観的な怒り」を覚えている。要するにそんなところですよね? ・・・書きながら「なあんだ」という気分になってきました。記事の本題とは離れてしまったのでこのへんにしときます。

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