[2] 安倍憎し、だけど朝日も生みの親

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Tdd
2006/09/24 12:22 AM
>shotaさん

あなたの見解に従うと、憲法は一揆を起こした百姓たちが旗竿に挟んで代官屋敷に持ち込む上訴文のように見えてきますね・・・果たして憲法って、そういうものでしょうか。国民と国家をあなたのおっしゃるように分離して考えたとして、「国民が決めたのだ、だから従え」と国家権力に対して要求したとして、国家権力の側が「はいそうですか」と従うという根拠がどこにありますか? ですから「国は言論の自由を保障しなければならないのです。なぜなら、憲法21条があるからです」というあなたの発言は、ぼくには何ら根拠のない確信に基づいているとしか見えません。ですからぼくは「憲法は自然法則なのですか?」とあなたに疑問を呈したわけです。

日本国は「間接民主制」を採用する国家です。選挙を通じて国民の信託を得た、国民の代表者たる代議士が国権の最高機関たる国会で各種の法案を審議し、その可否を判断します。そこでの議決は、代議士が国民の代表である以上、国民の総体的な意思とほぼイコールであると見なされます。

憲法もまた例外ではありません。あなたは「国民が憲法を制定したのだ」というご自分の見解にこだわりを見せておられますが、では実際に憲法が法的拘束力をもつ国家の最高法規として「制定される」には具体的にどういった課程を経るのですか? やはり国会で審議され、各条文についてその可否が判断されなければならないはずです。あなたは国民と国家をしきりに対置させて「憲法は国民が決め、国家に守らせるのだ」と述べておられますが、間接民主制というわが国の政治体制の原則から言って、そのような階級史観的な対立軸を設定することは、わが国の政治体制の現実を正確に反映しているとは言いがたいと思います。憲法をはじめとするいかなる法律も、間接民主制の原則からすれば、それらに関する国会の議決は国民の総体的な意思とほぼイコールであり、換言すれば「国が決めた」と「国民が決めた」はほぼイコールなのです。

そしてこのような等号の関係が成り立つ以上、憲法は国民の側から国家に対して一方的に義務を守らせるためのものではあり得ません。憲法は国家に対して国民の信託に基づいた権力を行使することを保障し、他方国民には基本的な人権を保障する。国家は国民の基本的人権を守る等の義務を負い、同時に国民は納税や子供に教育を受けさせる等の義務を負う。すなわち憲法は国家と国民それぞれに対して権利と義務を規定するものです。それが「腰抜け外務省」さんが書かれている「国民と国家の双務的な契約関係」ということだと思います。

国家権力が憲法をないがしろにするような行動を取ったら? それこそ憲法を盾にして抗議すればよいでしょう。しかしその抗議の正当性は、国家が憲法によって自らに課した「国民と国家の双務的な契約関係」を国家自身が損ねている、つまり「自分で約束したことを守っていない」ということによって得られるものであるとぼくは思います。

>国が憲法の規定を守らなければならないのは、何よりその憲法が「国家が自分で作り上げたもの」だからです。自分で言った約束は自分で守らねばならない。「表現の自由を守らねばならない」と国は単に命じられるのではなく「守らねばならないと『自分で決めた』」。そういうことです。

ぼくのこの見解に対してあなたが無視を決め込んでいるのはなぜですか? あなたはわが国の憲法の性格を考えるにあたって、あなたの奉じる(少なくともぼくにはそう見えます)階級史観的な図式を優先させすぎているようにぼくは思います。「そしてあなたは国家権力に翻弄されるかよわい『被害者』なのですかそうですか」とぼくが多少の皮肉を込めて言ったのはそういう理由からです。

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