Comments
- 反在日
- 2006/08/27 02:32 PM
- >サヨクの安部叩き
在日が安部を侮辱するgifアニメのバナーを自分のブログに貼り付けて悦に入っている件や、
帰化した在日が「私生活のスキャンダルを探ってでも安部を引き摺り下ろす」と活字媒体で明言したのを思い出したりしてみた。
日本人のサヨクも頭は悪いが、在日はそれに輪をかけて頭が悪い。
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- 2006/08/27 06:47 PM
- 相互確証破壊は安全保障政策として機能したのか、あるいはそもそも論理的なのか、その創設者自身、いまでは懐疑的です(マクナマラ)。
自主防衛論と称して遅れてきた自称戦略理論家は日本にたくさんいるようですけれど、まずそのあたりからクリアーしていかないと、聞くべき理論にはなり得ないでしょうね。
- はる
- 2006/08/28 10:34 PM
- 核を“使用させない”為の核保有論、という意見もあるようですが、使用しないことが見え見えでは抑止効果はゼロだと思う。核保有をするならば、同時に、いざという時には使用する覚悟も持たなければならないと思う。
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- 2006/08/29 01:00 PM
- 「威嚇の信憑性」
何かあれば必ずやるぞと意思表示をあらかじめすること。
「先制攻撃をめぐる心理戦の暴発を避ける」
やるかやられるかのストレスに耐え切れずに自分から先制して、相手にも確証破壊を発動させてしまうを防ぐこと
矛盾するこの二つを両立しないと「核抑止」は成り立ちません。
ただやる気まんまんなだけでは通常戦力の延長でしか核をみていないことになります。
一方で、核武装の能力を誇示しても、あるいは保有しても、いざとなったら使う意思を「予め」表示していないと相手にされません。
この二つは矛盾しますので、米ソの政策担当者あるいは国民は苦しみぬきました。
国民を含めてそこまで覚悟はあるのでしょうか、あるいは、論理的で賢いでしょうか?
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- 2006/08/29 01:23 PM
- たとえば仮に中国は旧ソ連のように機甲部隊で上陸強襲可能なまでに強化され(そんなことはありえないと私は思いますけれど、思考実験です)、日本は自主防衛をしているとします。
核抑止は、戦術的な侵略であってもかならず相互の全滅で終わるような大規模な戦略核の応酬になるぞ、と相手にわからせてはじめて成り立ちます。
ですから、相手の機甲部隊であっても戦術核で攻撃し、そこから戦略核の打ち合いへエスカレートする戦略論の梯子を用意しなければなりません。
核を使う意思を示す、とは何も敵国に打ち込む覚悟だけなのではなく、むしろ、主に自国内でも容赦なく使う強い覚悟を意味します。
九州なり北海道なりに敵の強襲上陸のあった場合、住民避難の完了しない時点で、侵攻を食い止めるために住民の犠牲を覚悟の上で使うことをためらわない、そこまでの強い意志表示をして、初めて威嚇の信憑性は保持されます。
(付帯損害 コラテラルダメージとして常識です)。
ヨーロッパで反核運動の盛んだった時代、核安全保障の見直しを求めたのは何も左翼だけではありませんでした。保守の論客も激しく論争したのです。
日本で核武装を論じる人にそこまで議論はありませんね。
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