[2] 「ワイスク」レインボーブリッヂの小坂

Comments


さぬきうどん
2006/07/13 01:17 AM
Nさん宛ての先ほどの記事を書いているときは冷静だったのですが、金武義(キム・ムイ)さんのことを読んで少し感情的になっています。〔これは、かっこいい名前ですよね。〕
「朝鮮総聯の野郎ふざけやがって…、」と。
今一生懸命にその時の状況を思い起こそうとしています。李英和さんが集中的にボコボコにされる、年長の張明秀さんに手を掛けた人はいなかったように思います。大声で怒鳴っておられたと思います。
『朝鮮終戦記』(未来社刊でしょうか。)を書かれた磯谷季次さんも80歳を遥かに過ぎていたと思いますが、その場におられたと記憶しています。「話し合おう。ちゃんと対話をしよう。」というようなことを、演壇を守って迫ってくる総聯の人々に対して説得していました。彼はその後亡くなりました。

今、少しずつですがありありとその時のことが甦り、脳髄に入ってきます。
涙が出ます。止めどなく涙が流れます。

Nさん、ありがとうございました。大切なことを改めて思い出させていただきました。ありがとう。感謝します。
N
2006/07/13 07:50 AM
思うのですが、在日特権があるから総連のような無法な連中や在日ヤクザや在日似非右翼がのさばる・増えるんじゃないでしょうか。

そのような無法な在日朝鮮人のために心ある在日朝鮮人が苦労してるようにも思えます。

日本と朝鮮の今の関係は、少しづつ好転、と言うより正常に戻りつつあるように見えます。
国内でも関係の正常化を進めるべきでしょう。

それにしても総連・・・どうしようもないですね。
総連と言うよりも北朝鮮と言う国家の方がどうしようもないですが。
さぬきうどん
2006/07/14 01:07 AM
>Nさま

キム・ムイさんのドキュメンタリーを読まれましたか。
一言思い出したことがあります。
件の集会には、萩原遼(元日本共産党員・赤旗平壌特派員)さんもいらっしゃいました。

1994年が北朝鮮の実態をあからさまにする、大きな契機になったと思います。
その集会に私は友人2人(1人は韓国留学した経験があって韓国語やサムルノリ〔韓国の打楽器セッション〕の達人、もう1人も在日・入管問題などに詳しい人)の3人でその場にいたんです。私たちは立ち尽くしていたんです。
キム・ムイさんの文章は昨夜初めて読みました。深く感じ入りました。彼の悲運を思うと。
集会後、水道橋で皆で交流会を持ちました。彼もいたのかな。印象に残ったのは、萩原さんと磯谷さんでしたね。磯谷さんは日本統治時代に北朝鮮にずっと暮らしていて、引き揚げてきた方です。

「在日特権」が云々されていますが、それは排除すべきでしょう。ただ、普通の在日はまともに生活していると思います。私などよりも。私の付き合っている在日がそうなのかも知れませんが。
ネットの情報は具体性がうすいとのではないですか。

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