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- CMOS/LSI
- 2007/12/18 12:12 AM
- はしげたさん
孤軍奮闘ですね。
がんばってください。
ところで、
国民軍の首脳、「何応欽上将(国防相にあたる)が著した抗日戦8年の軍事報告書「「中国現代史料叢書対日抗戦」1948年12月初版の中にも南京大虐殺が出てきません。」
出典「中国人による中国人大批判」P76から
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4396314191.html
なんで1948年に、書かれた書物に記述されてないのでしょうね…
- mk
- 2007/12/18 12:14 AM
- ころさんへの答え?がよく分からないのです…。
>フィリピン戦役で戦死された方の遺骨も、平成9年の時点で四分の一しか見つかってい>ない事に注意してください。
>1 フィリピン戦没者遺骨収集について
> (1)戦没者概数 518,000人
> (2)遺骨送還概数 131,600柱
>http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0902/h0212-1.html
沖縄においても、戦没者の遺骨はまだ完全に見つかっているわけではありません。
これを知ってなお遺骨を提示を要求するのなら、私は何も言う事がありません。
日本人が他の国の各地の山や海に出向いての遺骨収集と、中国人が自国の南京に出向いての遺骨収集は同じぐらい、いやそれ以上に大変なことなのだということでしょうか。前者は完全じゃなくても四分の一、131,600柱を見つけることが出来たが、南京では30万人も殺されたのにその四分の一や五分の一の遺骨すら見つからぬ状況なのだから、と。
それにしても、当時の南京周辺には遺体が埋められた、土が新しく掘り起こされた場所がたくさんあったでしょうから、南京で虐殺があったことを分かっていたのなら、日本軍撤退後にでも掘り起こせば完全なる証拠が大量に出てきたでしょうに。
戦後、南京や周辺が開発されている途中にも虐殺された遺骨なり遺体が大量に見つかっていなければいけないと思うが、そういうこともなかったのだろうか。あったら大々的に言うはずだからなかったのかな…。日本軍が大量の遺体をどこかに運んだという証言は聞いたことがないので、南京周辺にあるのは間違いない筈なのだが。虐殺を見たという証言はたくさんあるわりに、遺体をここに埋めたという証言なり埋めていたという証言がないのは困りますね。
あと、「私は何も言う事がありません」という文章が何を意味しているのかよく分かりません。南京でもフィリピンでも完全ではなくても見つかっているのなら、南京でも完全じゃなくてもそれなりに見つかってもいいのでは…と思うのは自然だと思いますが…。
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