Comments
- るるど
- 2009/02/18 04:30 PM
- それにしても、筆坂さんと言う方は、元共産党員にしては、バランスのとれた考え方の人ですね。
だから、共産党を首になったのか(笑)。
- 苺もち
- 2009/02/18 07:18 PM
- くっくりさん、こんばんわ
私はいとこの結婚式で沖縄に行ったことがあるのですが、個人的にはすごく好きな場所です。料理もおいしいし^^
でも、あちこち観光で巡って楽しい気分でホテルに帰るタクシーの中で、運転手のおじさんに延々と沖縄がいかに戦争で悲惨な目にあったか(そして何故か幕末の沖縄の空手家が侍を倒したという武勇伝?まで)を聞かされたのには参りました
こっちが結婚式という、晴れの日だという事を分かったうえでです
シーンと凍りついてしまったあの場の雰囲気を、今回のエントリーを読んで思い出してしまいましたw
沖縄の人がどうこう、ではなく、やはり被害者意識というのはその根拠とするところの真偽はさておき、人の意識を毒するものですね
惠さんのおっしゃる「先人をそんなに悪く言っちゃいかん」という言葉に胸が締め付けられました
当の先人達は、どのように今の私達を見ているのでしょうね
- バランス
- 2009/02/18 08:50 PM
- 【文部省が「集団自決」を書けと言った】
家永教科書検定訴訟第3次訴訟・上告審判決(大野判決)
http://www.yfujita.jp/ts/33han_1.html
「集団自決」は文部省が1982年の教科書検定で、スパイ容疑で住民を処刑したことを記述した教科書申請を不合格にして、「集団自決の方が犠牲者が多いから住民虐殺と両方書け」と言ったのです。
執筆者の家永氏が提訴した最高裁判決で国が勝訴し、「『集団自決』の原因については、日本軍の存在とその誘導」かつ、「自ら死んだ集団自決と表現したり、美化することは適切ではない」と明確に示しています。
このような経過から「集団自決」が教科書記述として定着してきたのです。
原告も応援団も一緒になって「自決命令の有無」という事実確認に過ぎない事柄を、意味を拡張して「旧日本軍の免罪」を目的にしている。
「沖縄戦全体における日本軍の免責」という旧日本軍への根拠のない擁護は害あって益なしなのです。
- バランス
- 2009/02/18 08:51 PM
- 15年戦争資料 @wiki 《私記》私は自決を命令していない
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/767.html
赤松嘉次 元海上挺進第三戦隊長・肥料店経営
(抜粋)
◆曲解された"軍命令"
二十六日夜、大町大佐を渡嘉志久の基地から送り出したあと、私たちは山の反対斜面に本
部の移動計画を立て、寝ていると、十時過ぎ、敵情を聞きに部落の係員がやってきた。私が
「上陸はたぶん明日だ」と本部の移動を伝えると「では住民は?往民はどうなるんですか」と
いう。正直な話、二十六日に特攻する覚悟だった私には、住民の処置は頭になかった。
そこで「部隊は西山のほうに移るから、住民も集結するなら、部隊の近くの谷がいいだろう」
と示唆した。これが軍命令を出し、自決命令を下したと曲解される原因だったかもしれない。
◆住民を惨殺したというが
第一の場合、米軍の背後で(渡嘉志久)生活していた伊江島住民のなかから、男女三名ずつ
歩哨線を抜けて、投降勧告にきた。女三名は取調べの田所中尉に、捕虜であることを告白
したので、当時の戦陣訓の話をし、自らを処するように勧めた。帰してくれと懇願されたが、
陣地内のモヨウを知っているうえに、戻れぱ家族の者もいることだし、情報がもれない保証
はない。
それに陣地内におくには、先に述べたように糧秣が逼迫していて不可能だ……中尉に事情
をじゅんじゅんと説かれて、最後には従容として自決したという。
男のほうは年配者だったと思う。女たちに男たちのことを聞くと、彼らは伊江島陥落のとき米
軍を誘導してきた。今回も、自分たちだけで投降を勧めに行くと危いというので、女性を連れ
てきたという。この三名は自決に応じないので、斬刑に処した。現在流でいえば軍法会議を
開くところだろうが、そんな余裕もなく、これは万やむをえなかった。
第二の場合はこうだ。二人の少年は歩哨線で捕まった。本人たちには意識されてなくとも、
いったん米軍の捕虜となっている以上、どんな謀略的任務をもらっているかわからないから
、部落民といっしょにはできないというので処刑することにいちおうなったが、二人のうち小嶺
というのが、阿波連で私が宿舎にしていた家の息子なので、私が直接取り調ぺに出向いて
行った。いろんな話を聞いたあと「ここで自決するか、阿波連に帰るかどちらかにしろ」といっ
たら、二人は戻りたいと答えた。ところが、二人は、歩哨線のところで、米軍の電話線を切っ
て木にかけ、首つり自殺をしてしまった。赤松隊が処刑したのではない。
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