Comments
- KD
- 2007/04/15 12:27 AM
- こんばんは。
やっと日本から出て行ってくれましたね。しかし目に見えない不気味な落し物をしていった様な気がして不安です。独裁国家の要人が民主主義国家の国会議事堂で演説をし、それを聞いた民主主義の国会議員が拍手してるなんて・・・この国はこの先大丈夫なのでしょうか?
個人的な想いなのですが、京都にだけは行って欲しくなかったです。(自分は京都府民ではありません)日本の土を踏む事自体が不愉快ですが。
- くっくり
- 2007/04/15 12:35 AM
- KDさん:
コメントありがとうございます。温家宝は前々から京都に行きたかったらしいですね。理由はわかりませんが、まさか「古都である京都に魅力を感じているから」とか、そんな庶民的な理由ではないでしょう。何か政治的な目的があったんじゃないでしょうか。
- tete
- 2007/04/15 12:58 AM
- 失礼しました。
私も後から飛べないことに気づいたので そのブログのタイトルを記入しました。
まだ新しい記事なので、ググッて頂ければトップにあります。
私はこの方のブログを読売新聞の記者の事件の時に行き当たったのですが、どうやらライターの方らしく、丁度今日のページに、関係者らしき方のメール内容などがup
されていたのです。
早いほうがいいと思うので ググってみてください。
ただ 紹介されてるメールも当人がおられることなので、記事としてそちらが立ち上げるのであれば管理人さんと直、お話された方がいいと思うのですがいかがでしょう。
そのへんの躊躇が少々ありまして。
以降のことはお任せしたく存じます。
精力的ですね。 これからも頑張ってくださいませ。
失礼しました。 ではでは。
- 福原
- 2007/04/15 04:38 AM
- 温家宝
「自らの歴史の経験と教訓から学ぶ」
確かに日本人は歴史を知らないから、洗脳教訓に嵌ってしまう。
以下、概要
「当時の日本が発動した中国侵略戦争によって、中国人民は重大な災難に見舞われ、おびただしい死傷者を出し、多大な損害を被り、中国人民の心に言葉では言い表せないほどの傷と苦痛を残しました。」
当時の中国には、親英米・重慶政府(蒋介石)、親ソ・延安政府(毛沢東)、親日(というより反共)・南京政府(汪兆銘・孫文の遺書を書いた思想的にはNo1の人物)があり、抗日統一戦線といいながら、西安の密約があっても、皖南事件が有名だが、戦中から重慶・南京の主敵は中共。
南京と重慶が協同したり、日・南・重が中共を経済封鎖したり、日と交戦していた重が日に帰順し、武器弾薬の支給を受けて中共と交戦したりなど、民族間の戦争と言えたのかも疑問。
確かに中国人民に被害があったのは事実だが、例えば中共は南京軍100万以上を倒したと言うが、当然中国人民も巻き込んでいる。内戦を含めれば、日軍被害より多い・・・は、調べてないので言い過ぎか。
「重慶は日本の残虐を宣伝し米英から金を引き出しているだけで、反共戦のため兵を温存している。」という英の調査報告がある(クリストファー・ソーン)。
また、米が中共の本質を理解していれば、日本と同様南京政府を支援した筈。
「戦火が飛び散っていた中で、聶栄臻元帥は戦場で日本人の孤児を救助」
中共にも良い人がいたからといって、中共が交戦資格のない戦争法規違反のゲリラ戦を仕掛け、民間人を巻き込むのに抵抗がなかったため、孤児になっただけ。
中国人孤児を部隊が引き取って育て、部隊と一緒に行動し、日本に「復員」して日本人になった「光くん」もいる。
「残留孤児となりました。戦争の苦痛をなめ尽くした中国人が彼らを引き取って、彼らを死の危機から救い出し、育て上げました。・・・中国人民が全力を尽くして残留日本人105万人を無事に帰国の途に就かせた」
中共は、この辺りをしつこく自国民に教育しており、日本への影響も計算しているから、「大送還は、まさに中華民族の大きな度量と中国人民の人道主義精神の表れである」村山富市などと、国会でも宣伝する。
しかし、残留孤児が生まれたのは、ソ連と共に中共の所為。
敗戦後、中共は中国本土内の都市を攻撃しようとしたが、重慶は支那派遣軍の軍紀を信頼しており、武装解除は行わず、日軍が治安維持に当たった為、断念。
一方満洲は、ソ連侵攻前に軍官の順で逃亡が始まっており、ソ連侵攻後、関東軍は居留民・一部の部隊を残したまま、避難路となる橋や鉄橋を次々落として逃亡した。
当然、中共も満洲に侵攻し、虐殺略奪強姦やり放題、ソ連が人狩・中共が虐殺が中心。そこで、多くの残留孤児が生まれた。
また日本降伏後、ソ連も中共も居留民を帰国させる意思はなく、身ぐるみ剥して放置し、そこでも多くの残留孤児。
満人による犯罪も数多くあったが、日人・満人の個人的な友好関係はあったために残留孤児が育てられたのであって、中共は残留孤児や養親を虐待した側。
内戦のドサクサの中でも、重慶政府が帰国命令・許可を出したため、46年5月から引き揚げを始められたのであって、中共のお陰でも何でも無い・・・腹立つ。
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