Comments
- bitter
- 2007/12/17 03:09 AM
- 南京事件って、どう考えても眉唾。
数と「大虐殺」とネームだけで、具体的な期間が長くて、個別事件の検証をしないようにしているようにしかみえないし、かつ死体が骨も残さず(数体展示されているけれど)結局数百規模もないんじゃないの??民間人虐殺事件というなら民間人の「死体」がなければ事件にならない。
ところが、この記念館を改造するにあたって数体発見されただけで「大」虐殺の証拠だと騒ぎ立てる始末。とても「中国の主張する南京事件」は信じるにたる資料がない。
- 福原
- 2007/12/17 04:33 AM
- 思い出したので、補足。
戦後中国が公表したふっかけ損害額は、310億ドル。
交戦中から国共内戦状態にあったが、その被害。 また、揚子江決壊など、自軍が与えた損害を含む。
- はしげた
- 2007/12/17 07:30 AM
- 腰抜け外務省さん
>「城壁周辺、揚子江岸、農村部」
>が虐殺の主な舞台であるという一次資料はどこにあるのでしょうか?ご提示願います。
日本軍が人や死体を焼いた資料 - 南京事件FAQ - livedoor Wiki(ウィキ)
http://kat.cc/17239b
スマイス報告とは何か - 南京事件FAQ - livedoor Wiki(ウィキ)
http://kat.cc/177e19
スマイス報告 農業調査
http://www.geocities.jp/yu77799/smythe2.html
>揚子江岸であれば死体は上海の方向へ流れるはずです
なぜそこで揚子江ではなく上海が出てくるのか、理解に苦しみます。
揚子江そのものにおける目撃証言で十分だと思いますが。
ようやく足止めが解除されて、ある日、荷物受領に揚子江岸の、下関埠頭へ行きました。すると、広い河原がいっぱいに死体で埋まっているのです。岸辺の泥に埋まって、幅十メートル位はあろうか、と思われる死体の山でした。揚子江岸で大虐殺が行われた、というその現場でしょうか、軍服を着たものはほとんどいなく、大部分が平服の民間人で婦人や子供も交じっているようでした。
『新版 私の従軍 中国戦線 村瀬守保写真集<一兵士が移した戦場の記録>』 pp45
http://www.nextftp.com/tarari/Matsuo/murasehanron.htm
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