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- 三四郎
- 2013/08/20 03:42 PM
- 「竹林はるか遠く」・・・この本がアメリカで優良図書に選ばれ中学生向けの教材になったのは、そこに困難な状況の中でも失われることのない家族の絆や郷土愛がテーマに描かれており、併せてそれが実体験に基づくノンフィクションであるという事、そしてそこに政治的思想的中立性と客観性が担保されていたからだろうと推察します。
そうでなければアメリカから見ればかつての対戦国であり、外国人に過ぎない日本人の家族の物語が中学生向けの教材に選ばれるはずはありません。
つまり逆にいえばこの物語の中にある家族愛や郷土愛というテーマの持つ普遍性は国や民族、人種の壁を越えて存在するという事です。
人種の坩堝といわれるアメリカでこの物語が中学校の教材に選ばれたことは同じ日本人として大変誇らしい事ですが、同時にどこの国にも起こりえることであり、また同様の体験をした人々は世界中にいるだろうということも想起しなければなりません。
こう考えてみると在米の韓国人が浅慮にもこの本にクレームをつけたことは残念というよりは愚かとしか言えません。また著者のカワシマ・ワトキンズさんも彼らの論拠なきクレームにもう少し丁寧に反論でき無かったものかとも思います。
彼ら韓国系米国人・・・というより韓国朝鮮人の一方的な主張には、少しの普遍性もありません。あるのは自民族至上主義ともいうべき偏狭なナショナリズムだけです。
郷に入れば郷に従えという言葉がありますが、日系米人は第二次大戦中、ただ日本人であるという理由だけで強制収容所送りになりました。日系人が一所懸命米国社会に溶け込もうと努力したにも関わらずです。
自ら志願し日系人だけで編成された442部隊は米陸軍史上最強の部隊として幾つもの勲章を授与されましたが、同時に消耗され最も多くの死傷者を出したのです。
こうした涙ぐましい努力が米国における日系人ひいては韓国人も含むアジア系米国人の地位向上に寄与したことは想像に難くありません。
ニューカマーとして米国にやってきた韓国人はこうした先駆者の努力の積み重ねの上に今の自分達のコミュニティーがあることを知らなければなりません。
彼らのように屈折した自尊心で日本や日系人を貶める手法は、結局は米国社会の共感と支持を得る事は出来ないでしょう。
何故ならそこにあるのは低次元な嫉妬や憎悪の感情だけであり、そこには人類社会の発展に寄与するなんらの価値も普遍性も無いからです。
カワシマ・ワトキンズさんも、いち日系米人としてではなく世界人類の進歩と発展という、より高次のテーマを掲げて堂々と彼ら韓国系米人の無知と無教養をたしなめれば良かったと思います。
そうすれば、そこに新たな意見が続出して、この問題が矮小化されることも無く、むしろより深みのある議論に発展した事でしょう。
この事は今問題になっている慰安婦の議論にも共通するし、竹島の帰属や日本海の呼称問題、さらには日章旗へのネガティブキャンペーンともつながっています。
彼らが用意した土俵にけっして上がってはいけません。人類普遍の価値の追求というより高次の土俵を用意し彼らとそこで議論すべきです。そうすれば彼らの訴えがいかに次元の低いものあるか、そして彼ら韓国朝鮮人は人類社会の発展に寄与するどころかむしろ足を引っ張り退歩させる存在であるのかが浮き彫りにされるでしょう。
歴史は政治の道具ではなく、歴史は学びそれを乗り越えるためのものであり、そこにこそ人類社会の発展があり、未来の希望につながるのだと私は考えます。
現に日本人は広島、長崎で原爆という残酷で理不尽な仕打ちに会いながらも、人類社会発展のための尊い犠牲としてそれを乗り越え、世界平和という普遍的でより高次な価値をそこに提示しているではありませんか。
この歴史に対する姿勢は、それを利用し、強請のネタにする特亜三国といわれる支那、南北朝鮮のそれと真逆といえるでしょう。
沈黙は金・・・は世界では通用しないのです。日本人も積極的に発言すべきであり、仮に小さな声でもそれが日本人の発言であれば世界は耳を貸すものです。先人達が積み上げた日本人の信用は我々が考えている以上に大きいのです。
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