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- 福原
- 2007/04/13 12:09 AM
- 引用
当時筑紫や村山、プロ市民どもがばら撒いた「犠牲者の多くは直後に圧死で死んだので、村山や貝原が自衛隊派遣を遅らせたのは犠牲者増加の原因ではない」という虚言は、テロ朝の「阪神淡路大震災10年目の証言 あの日 官邸応答せず」(05年1月16日放送)で既に論破されている。その中で当時兵庫県の監察医であった西村明儒助教授(横浜市大学)は、
「当時専門医が検死した遺体はわずか2400。4000近い遺体は死因は愚か死亡時間も特定できない」
「圧倒的に多い死因の一つは圧死による即死ではなく(煙での)窒息死だ」
と証言している。死体検案書も混乱の中で、ろくに検死もせずに80.5%が地震発生時刻である「午前5時46分」または「5時50分」に「圧死」で死亡と書かれた。
自衛隊などによる救出で助かった可能性はとの質問に対しても、
「あった。炎が来た時はまだ生きていた。一酸化炭素を吸って血液が化学反応し鮮やかな真紅になった完全炭化死体が多くあったことが、そのことを証明している」
と述べている。村山総理と貝原知事は、犠牲者を生きたまま焼き殺したのだ。
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=312071&log=20070410
- 理系人間
- 2007/04/13 08:42 AM
- くっくりさんがキチンと示されておられた出典をワープしてしまい、大変済みません(例の面皮千枚張連中にモヤモヤしていたときに、この資料を読んで、ほ〜ら見てミイ!と熱が上がってしまいました)。多くの方々が訪れる本ブログで、震災後の経緯が再認識されることを切望しております。
- 福原
- 2007/04/13 01:29 PM
- 西村明儒助教授のコメントから、大雑把に考えてみると。
6400のうち、圧死はとされたのは5200。しかし、そのうちの4000は検死無し。
一応の検死1200の死因、圧倒的は窒息死。
従って、検死無しの半数2000も窒息死の可能性。
「8割が圧死だった」と無責任に発言する責任者の妄言は、合計3200が自衛隊に救われたと主張するのとどっこいどっこいか。
- じゅんたろ
- 2007/04/14 12:25 AM
自分も当時、東灘区で被災しました。
たしかに火事はありましたけど、るちあさんのおっしゃる通り点在してる感じで、酷かったのは長田区のほうですよね。
自分は山側だったので倒壊とかの被害は免れましたが2号線沿いは軒並み倒壊していたことを覚えています。
3日目で神戸を抜け出して、実家に避難してましたが、1週間後ぐらいに日赤病院で救急車のナビゲータのボランティアをしていました。
救助する側の混乱状況や救出時の逸話を聞いたり見たりしています。
あくまで一面的ですけど。
あげあし取りと言われるかもしれませんが、しつこく主張させてもらいます。
http://www.bousai.go.jp/kensho-hanshinawaji/chosa/sheet/010.pdf
こちらの資料では、17日中に陸上自衛隊が3300人、海上自衛隊が1142人出動したとあります。
海上自衛隊の出動が9:50に呉港を出航とありますから、問題の4時間は3300人で考えます。
3300人で2000人を救うのは無理がありませんか?
一人頭1.6人、約2人です。それも4時間で。
http://www.bousai.go.jp/kensho-hanshinawaji/chosa/sheet/008.pdf
一方警察ですが、こちらは17日中に13000人が出動とあります
http://www.bousai.go.jp/kensho-hanshinawaji/chosa/sheet/009.pdf
こちらは消防。17日中の記述は見つけられませんでしたが25日までに2000人とあります。
http://www.bousai.go.jp/kensho-hanshinawaji/chosa/sheet/012.pdf
で、こちらに、警察、自衛隊、消防のトータルの救出実績があります
1月17日:3185人。
警察、自衛隊、消防の約19000人が懸命になって救助して3185人しか救えなかったんです。
それを、自衛隊なら4時間で2000人救えたなんて言うことは、あのとき救助にあたってくれた、自衛隊を含めるすべての人を愚弄するようなものです。
と自分は感じたのでこちらに書き込ませてもらいました。
http://www.geocities.jp/disasterreliefoperation/hannkatu1.html#Q1B
『今次災害で生き埋めとなった人は164,000人と推定され、そのうち要救助者は35,000人、警察・消防・自衛隊の救出者数は7,900人で、これらの組織によって救出された人の内半数はすでに死亡していたとされる。』
(7900人は死亡者数も含めてでしょう)
こういう未曾有の大災害だったわけです。警察、消防、自衛隊、医療関係者、それぞれが与えられた条件の中で東奔西走して、それでも救えなかったのが6434人なのです。
もちろん、あのときこうしていればよかったという反省はあるでしょうし、自衛隊にすぐさま支援を求めるべきだったということは間違いなくその中に入るでしょう。
そして、貝原を首長においておくべきではなかったのも反省のうちだと自分は強く思います。なんで今だに首長にいるのか不思議でならない。
でも、4時間で2000人救えただの軽々しく言えることではないはずです。
6434人中2573人が生きてたことを証明できたからなんなんです?
生きていたのなら、それを救い出すためにどうすれば良かったのかを真剣に考えることこそ大事なのではないですか?
それを自衛隊の空白の4時間で埋められると石原さんが本気で思っているならこれは薄ら寒いです。
ちなみに、自衛隊の救出実績は伏せさせてもらいました。
調べてみて下さい。今回の参照元にあります。
それでもなお、4時間で2000人が救えたと主張される方がおられるのでしたら、その根拠を教えて頂きたい。
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