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- けん
- 2012/11/25 03:08 PM
- 「安倍さんには、旧体制の政治家ではなく、新体制の政治家になって欲しかった」西村真悟
正直に言う。安倍晋三さんには、自民党の総裁になって欲しくなかった。安倍さんには、旧体制の政治家ではなく、新体制の政治家になって欲しかったからだ。安倍さん自身が、戦後体制からの脱却と言っていたではないか。
従って、今のこの時期、政治家が野にいること、または不遇であることは、国家にとって意義あることなんだ。何故なら、我が国を取り巻く内外の情勢の厳しさは、決して旧体制のなかで安楽な順境を享受する者が担えるものではないからだ。それ故、今の我が国において、政治家が苦難を経ることは、困難に耐え得る力を養うことであり祖国の為になる。
第二次世界世界大戦において国難を担い、断固として祖国を勝利に導いたイギリスの首相チャーチルやフランスの大統領ドゴールは、第一次世界大戦後に欧州を風靡した平和主義(パシヒズム)の時代の祖国でそれぞれ何と言われ何をしていたか。
チャーチルは、戦争屋とかお騒がせ屋とか言われて落選した。ドゴールは異端者扱いされ、フランス士官学校卒業時に、教官から「大将にしかなれない男」と言われた、あのドゴールの昇進はフランス陸軍から拒否された。この時のドゴールの敵はナチスドイツではなくフランス人だった。後にフランス大統領になったドゴールは、「五つ星」(元帥)を付ける地位であったにもかかわらず、彼は自らの軍歴の最後の階級であった「二つ星」(少将)の帽子をかぶっていた。それ故、人は彼を「二つ星の大統領」と呼んだ。
また我が国の明治維新を振り返っても、新しい次代を担う者が、その前に何をしていたかが分かる。明治維新を担った志士たちは、徳川幕藩体制のなかで、優遇されていた者達だったのか。高杉晋作や坂本龍馬は、長州藩や土佐藩の重役を志して運動したのか。西郷さんは、男が体力も気力も充実して活動できる三十歳代には、ほとんど南海の獄中にいたではないか。
洋の東西を問はず、旧体制から脱却したあとの次代を担う者は、旧体制の中で苦難の歩みを続けた者なのだ。しかも、このことは、国家のサバイバル(生存)を賭けた努力の中で起こる。チャーチルやドゴールや西郷や高杉晋作や坂本竜馬のいないサバイバルは失敗して国は滅びていただろう。
そして、今我が日本は、国家のサバイバルを賭けた日本的変革期に直面している。明治維新は、日本という国家の生存の為に、まさに国家の生死をかけて、徳川幕藩体制から近代国民国家に変革した。同様に現在も、我が国は国家の生死をかけて、戦後体制から脱却して真の国民国家体制に移行しなければならない。今の戦後体制とは、具体的に言えば敗戦国体制であり被占領国体制である。そして天皇を戴く我が国における真の国民国家体制とは、国民の軍隊を保持する独立自尊の立憲君主国家のことである。これが戦後から脱却した国家体制だ。
しかるに、九月に行われた自民党総裁選挙とは何だったのか。それは、安倍さんの郷里の長州にたとえれば、それは高杉晋作が長州藩の家老になろうとすることと同じではなかったのか。つまり、自民党は幕末の幕藩体制と同じく、脱却しなければならない体制そのものなのに。
その証拠に、安倍さんを含む各候補者は総裁選挙で何を主張したのか。
例えば、自衛隊を国軍に再編する、南西方面における海空軍の急速かつ飛躍的な増強が急務である、北朝鮮に拉致抑留されている同胞を必ず救出する、靖国神社に参拝せずして我が国の政治家を務めてはならない、さらに言うが、我が国を軍事占領していた占領軍の将校と十数名のスタッフが十日ばかりで書いた「日本国憲法」は我が国の憲法としては無効である、これらの一つでも、誰かが主張しただろうか。
我が国には、今こそ、チャーチルのように、ドゴールのように、まさにこれを主張する者が必要なのだ。そうでなければ、我が祖国は、迫る危機を克服できない。
ところが、自民党総裁選挙では、斯くなる主張は相応しくないと安倍さんが判断したのならば、それはつまり自民党は次代を切り開く為の苦難を担いうる政党ではないと安倍さん自身が判断したことになる。しからば安倍さんは、国家を担うのではなく、ただ古くからある泥船(自民党)の船長になりたかっただけになる。そして安倍さんは、その古くからある泥船に群がる旧体制利得者の当選の為に選挙で愛嬌を振りまき結果として戦後体制温存にまわる。
そこで、安倍さんに言っておきたい。その泥船は耐用年数をとっくの昔に過ぎている、従って、それを延命させることは著しい毒害を生み出すことであり、国家の崩壊を招きかねない、と。
なるほど、現在の民主党政権では国益の毀損甚だしきものがある。従って、一旦政権を自民党に戻すために、自民党を強化して政権を取り戻す必要がある。その為に、自民党総裁になる。この判断にも一理ある。
しかし、視野を広くして真摯に振り返れば、自民党では次代に即応できず国益が失われると国民が判断したから自民党は野党に転落したのだ。教科書の近隣条項、河野官房長官談話そして村山富市談話、同時に靖国参拝や尖閣における対中屈服と北朝鮮が拉致した日本人救出に関する長年の不作為など、現在の政治の惨状は、自民党与党時代に生み出され今に持ち越されてきたものではないか。自民党は戦後体制そのものなのだ。従って、今こそ、旧に戻すのではなく、連続技で一挙に我が国政治が、旧体制から出て、真の保守勢力の結集による戦後体制からの脱却に進む時だ。これが国家のためだ。もはや、自民党のためを考えるな。
私は、斯く考えて、安倍さんが自民党の総裁になって欲しくはなかったのだ。
つまり、今は維新前夜なのであるから、安倍晋三さんには、幕藩体制の長州藩の役職に収まるより、名前の一字をもらっている高杉晋作のように野にいて欲しかったのだ。
そして、平沼赳夫たちあがれ日本代表や故中川昭一さんの同志らとともに、日本国民のなかに星の数ほどいる真の日本人を糾合して保守救国民族統一戦線内閣樹立への歩みが一挙に始まることを望んでいた。つまり、安倍さんが自民党の総裁になったことによって、むざむざ野の自由闊達な人材結集のチャンスが遠のいたという思いに駆られる。
さはさりながら、時計の針を戻すことはできない。従ってこれから、安倍晋三自民党総裁の存在を前提にして、安倍さんの為ではなく日本の為に、安倍さんに要望しつつ我が国家のあり方について述べていきたい。
まず、安倍さんは既に総理大臣を経験しているので言うのだが、その時の過ちを繰り返してはならない。その時の過ちとは、口では戦後体制からの脱却と言いながら、体は戦後体制の枠内に逃げ込んだことから起こった。再び同じことをすれば、再び肉体と精神を引き裂かれるだろう。英霊を冒涜することに繋がるからだ。
安倍内閣が発足してほどなく、最初に愕然としたことがある。それは、コミンテルン(第三インター)によって育てられたような菅直人という男の、「昭和十六年十二月八日の開戦の詔書に副署した貴方のお祖父さんである岸信介国務大臣の行為は過ちではないか」というまことに狡猾な質問に対して、安倍総理が「間違っていた」と答弁したことである。
この瞬間、私は、安倍さんは、祖父(先祖)を否定し天皇の詔書を否定し我が国の歴史を否定して、戦後自虐史観のなかに絡め取られた、と感じた。そして、何と馬鹿な答弁をしたのだと悔やむとともに、このような質問をした菅直人という狐のように狡猾な男を憎んだ。
何故この時、安倍さんは、歴史に対する謙虚さを示し、「如何なる歴史評価を受けるのかは後世の歴史家に任せて、私はその国家の重大事に関し、天皇陛下の詔書に副書する立場にいた祖父をもっていることを誇りに思っている」と、何故心の真実を答弁できなかったのだろうか。
昭和十六年十二月八日、この時、天皇は、「神聖にして侵すべからず」(大日本帝国憲法第三条)、従って、詔書必謹。国民は、この詔書の大義のもとに四年間にわたってアジア全域で戦い、二百三十万の軍人が戦没したのだ。
それを後世、その詔書に副署した者の孫が、我が国の総理大臣として!何処か他の国の話のように、「間違っていたのではないか」と質問され、「間違っていた」と軽く答えたのだ。戦後の軽佻浮薄極まれり。英霊への冒涜ではないか。
これで孫は、まず先祖の加護を失ったといってもよい。これが安倍内閣の蹉跌のはじまりだった。それ故、以後は必然的に、安倍さんは、総理として靖国神社に参拝できず、村山富市談話を踏襲することになる。つまりこの時、安倍さんは、国内の自虐史観とこれを煽る中国共産党に屈服したのだった。この方向に流れるように、小さな堰を抜いたのが、ハリー・ポッターに出てきそうな狡い小悪魔菅直人だった。
政治家は、自国の歴史を痛切な思いで学ばねばならない。政治家の使命感はここから生まれる。今、「開戦の詔書」を読み返すとき、切々と往時が甦る。
最近アメリカで刊行されたフーバー大統領の回顧録によれば、F・ルーズベルト大統領は、日本を戦争に追い込む狂人と書かれている。ルーズベルトは、日本に先に手を出させる方針の下に昭和十六年八月一日、日本に対する石油輸出を全面的に禁止して日本を戦争に追い込んでいた。石油を全面的に止められた我が国はどうなるか。いずれ、工場も船も飛行機も動かなくなる。戦後マッカーサーは、アメリカ議会の上院で、「日本の戦争は自衛のためだった」と証言した。
この状況の中で、開戦時の海軍軍令部総長の永野修身海軍大将は、開戦決断に当たり、次のように発言している。安倍さんは、菅直人への答弁の前に、この永野修身大将の思いを今に甦らせて祖父岸信介国務大臣の副署した「開戦の詔書」を読み直すべきだった。そして、この永野修身大将の思いに接することは、「われらの子孫は、かならず再起三起するであろう」という当時の痛切な願いに応えるための大道を拓くことである。
「アメリカの主張に、屈服すれば亡国必至であるとのことであったが、
戦うもまた亡国であるかも知れない。
すなわち、戦はざれば亡国必至、戦うもまた亡国を免れぬとすれば、
戦はずして亡国にゆだねるは、身も心も民族永遠の亡国である。
が、戦って護国の精神に徹するならば、
たとい戦いに勝たずとも、祖国護持の精神がのこり、
われらの子孫は、かならず再起三起するであろう。」
戦後という、まことに生まれたときからある、この得体の知れない分厚い自虐史観に覆われた時代のなかで、「開戦の詔書」を総理大臣として間違ったものと否定してしまった安倍さんが、以後、自民党が保身のために生み出した総理大臣が社会党委員長でもあるという怪奇現象のなかで発した自虐史観の村山富市談話を踏襲し、靖国神社に参拝できなくなったのは当然の成り行きだった。
しかしその成り行きのなかで、本人は戦後からの脱却を表明していたのである。溺れながらトビウオのように泳ぎますと呼びかけているのと同じだ。そして安倍さんの肉体が潰れた。ひょっとすれば、この時の安倍さんの肉体の弱体化は、このまま放置して、総理大臣が完膚無きまでに戦後の自虐史観にひれ伏す国家を巻き込んだ進退窮まる事態に陥ることを回避するために現れた緊急避難的症状だったのかも知れない。従って、天は安倍さんを見捨ててはいない。問題は、天がこの時守った運命を、安倍さんが如何に使うのかである。自民党の延命に使えば、天罰を受ける。
従って、これから、永野修身大将から「われらの子孫は」と呼びかられた、まさに戦後生まれのわれらが、何をすべきかを述べる。
まず第一に、戦後体制とは何で造られているかを見極め、朝日の前で溶け去る雪のようにそれを消去させ戦後のベールを脱ぎさることである。それと同時に、国民の軍隊を創設しそれを運用する国家体制を構築することである。
しかも、このことは、斬れば血が出る具体的な国家の緊急課題だと覚悟を定めねばならない。何故なら、戦後体制のままでは、尖閣を守れないし北朝鮮が拉致した日本国民を救出し得ないからだ。尖閣(国土)と同胞(国民)を守り救えない日本に未来はなく、このままでは全日本が崩壊させられる。
ここでも安倍さんに、一点申さねばならないことがある。安倍さんは、憲法改正を唱え、まず、その改正を困難にしている憲法の改正規定である九十六条を改正しようという呼びかけを行っている。そこで、聞く。まず憲法九十六条の改正規定を改正して、それから憲法を改正するのに、一体何年かかるのか。
中共は、一年以内に、いや年内か来月かに、尖閣に武装した漁民(便衣兵)を百人上陸させて宿営させ中国の軍艦がその周辺海域を取り巻くという攻勢を仕掛けるかも知れない。少なくとも、それを何時するかの自由は中共が握っている。その時、「交戦権」を否定された九条でどうして尖閣を守るのか、改正規定を改正してそれから憲法を改正する暇などない。もう、戦後体制特有の議論をしてくれるな。安倍さんの祖父が、自主憲法制定を唱えた前提には、占領中に占領軍が起草した自主でない憲法は無効だという判断があることに気付かれよ。
そもそも、昭和二十二年五月三日施行された「日本国憲法」が「有効」だとするから、改正規定を改正してそれから改正するという訳の分からん議論が真面目に起こる。「無効」なものを「改正」してどうするのだ。無意味ではないか。それとも、昭和二十年から二十七年まで我が国を軍事占領していた連合軍の要望通り、「憲法」は「有効」と強弁するのか。それでは、戦後体制そのものを墨守することになるではないか。
まず、最も分かりやすい問いから始める。子供達への義務教育において「嘘」を教えることはいいのか悪いのか。「悪い」に決まっている。それも、祖国の最も大切な基本法において嘘を教えてはならない。
ところが、「憲法」施行から六十五年間、我が国は子供達に「嘘」を教えてきた。「憲法」を書いたのは日本人だ、と。これは虚偽、嘘、だ。「憲法」を書いたのは、当時我が国を軍事占領していた連合軍総司令部(GHQ)の当時三十九歳の民政局次長陸軍大佐チャールズ・L・ケーディスと彼の十数名の部下達だ。全てアメリカ人。彼らが、昭和二十一年二月の十日足らずの間に、「憲法」を書いた。そしてこの事実は、当時GHQが五千名以上の日本人インテリを使って完璧に実施していた検閲によって封印されていた。
しかし、今はこの封印された占領下のカラクリは分かっている。従って、「憲法」を書いたのは日本人だと教えることは、故意に子供達に「嘘」を教えることになるとともに、未だ軍事占領下の検閲による言論弾圧を子供達に強要することになる。義務教育で嘘を教える国に未来は拓けない。
「憲法」は、日本国民が知らないままに軍事占領中の占領軍のアメリカ兵が書いた。よって、日本国の憲法として無効である。その内容については詳述しないが、自虐史観に基づいて、日本国民の生存は日本国政府によってではなく「平和を愛する諸国民の公正と信義」に委ねられると強調し(前文)、我が国から「陸海空軍」と「交戦権」を明文で剥奪している(九条)。従って、当然、尖閣(国土)防衛にも拉致被害者(国民)救出にも対処できない。
では、「憲法」が「無効」だという決断は、具体的実践的に我が国に何をもたらすのか。それは即ち、我が国の真の憲法は、大日本帝国憲法であるという事実に対する覚醒である。従って、総理大臣は、今日からでも大日本帝国憲法に基づいて自衛隊を軍隊として運用し、尖閣周辺に「戒厳令」を布告して、そこを緊急防衛体制下におくことができる。まるで、狸に化かされていた自縛から解放されるようではないか。安倍さん、これが、つまり、戦後からの脱却なのだ。
さらにこのことは、教育勅語の甦りと教育改革の基礎を明確にする。何故なら、「国民の軍隊」の保持は、我が祖国、我が国家は、命に代えて守る価値があるかけがえのない過去現在未来にわたる日本民族の歴史的共同体であるという国民の確信に支えられるからだ。これによって、戦後排除された我が国の伝統である文武不可分の位置づけが定まる。国防と教育は、不可分一体である。
最後に、安倍さんが、かつて菅直人の誘導に引っかかった歴史観について言っておく。結論から言えば、GHQの三十項目にわたる検閲事項を点検すれば分かる。東京裁判によって「権威付け」られた日本悪玉史観、自虐史観は、以後、GHQの検閲によって守られ、それを利用して中共、朝鮮が我が国から利益をせしめ、また我が国に二発の原子爆弾を落として無辜を殺戮したアメリカが安心する虚偽の歴史観にすぎない。そして、この歴史観の基に書かれたのが昭和二十二年五月三日の「憲法」という訳だ。
この日は、昭和二十一年四月二十九日の天皇誕生日に起訴されその四日後の五月三日に審理が開始された東京裁判審理開始から一周年の日に当たる。明らかに、東京裁判の起訴状を補強する日本側文書として「日本国憲法」が位置付けられている。
そこで、歴史においても憲法と同様に、GHQの検閲によって封印され、子供達に嘘を教え、日本民族の名誉に関する真実を隠していることがあるので指摘しておく。
義務教育では、第二次世界大戦後の世界秩序、つまり自由主義世界の今の世界秩序を指し示したのは、昭和十六年八月にイギリス首相チャーチルとアメリカ大統領F・ルーズベルトが発した「大西洋憲章」と教える。しかし、これは嘘である。チャーチルとルーズベルトは、ナチスドイツに席巻されたヨーロッパの戦後秩序を宣言したに過ぎない。
彼らは、ナチスドイツの占領下にあるオランダ国民やフランス国民の自由は宣言したが、オランダに三百年にわたって植民地支配されたインドネシアの民、カンボジアの民、インドの民、フィリピンの民、ベルギー領コンゴの民そしてアメリカ国内の黒人の自由など、こっれっぽっちも考慮していない。むしろ、彼らアジアアフリカそしてアメリカ黒人の抑圧された状態は、十九世紀同様に二十世紀後半も継続されるのが当たり前だと思っていた。
しかし、この彼らの思い込みを武力で粉砕したのが日本ではないか。「大西洋憲章」が、戦後世界の秩序を決定したのではない。戦後秩序を創ったのは、我が国が昭和十八年に発した「大東亜共同宣言」である。
そこで宣言された、大東亜各国の自主独立の宣言と人種差別撤廃の理念は、現在の世界秩序ではないか。アメリカ大統領にオバマ氏が就任しているのは、二十世紀における我が祖国日本の戦いと掲げた理念の結果である。
このように、我らは、戦後から脱却して、初めて真実を義務教育で子供達に教えることができるようになるのだ。
以上、目を未来に向けて戦後から脱却する為に、かつての総理大臣安倍晋三氏の挫折を振り返り、同時に自民党総裁となった安倍氏に期待するところを述べた次第だ。
願わくば、開戦時の軍令部総長永野修身大将が呼びかけてくれた「われらが子孫」の一員として、共に各々の立場で苦難のなかにある祖国の再興と国民同胞の救出そして国土防衛のために力を尽くす日のあらんことを。
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