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- じいさん
- 2009/07/28 11:27 AM
- みなさん、マスコミによる大衆扇動真っ盛りのこの暑い夏に本当の保守とは何かについて古典の読書などいかがでしょう。
ちょっと長いですが、本を薦めた記事の抜粋です。(西部邁 文藝春秋H16年6月臨時増刊号より)
「牧場で草を食む羊群の幸せ」をしか求めない近代の大衆の精神面でのグロテスクもまたニーチェによってほぼ余すところ無く批判されつくしている。
我が国ではマス(大衆)という言葉が軽蔑語であることすら確認されていない。また大衆の見本が専門知を振り回す近代主義的な知識人にほかならないことについても、知っているものはほとんどいない。だからオルテガの「大衆の反逆」とヤスパースの「現代の精神的状況」は大衆迎合を旨としてきた戦後日本人の心の目を開かせてくれるであろう。
財産・教養がどんなにおおきくても、地位・権限がどれほど高くても、馬鹿は馬鹿、馬鹿は死んでも治らないということが、それらの書にははっきりと語られている。そして馬鹿とはどんな人のことかといえば、それは専門知、技術知、処世術にのみ長けたものをさすのである。
近代の進歩主義を露ほども疑わぬのがアメリカニズムであり、そのイズムに口許まで漬かってきたのが戦後日本である。それがどれほど子供っぽいやり方であるかを知るにはチェスタントンの「正統とは何か」が最も有効である。異端者の群れは近代主義的な知識人に率いられつつ、正統の価値基準を破壊してきた。それは、合理の基礎は確信にあるということを否定するやり方であり、したがって異端者の群れは集団自殺を敢行しているに等しい。
(中略)戦後、アメリカ的な合理論に棹さすような体制が強化され、さらにはそういう体制を擁護するのが保守だとされてきた。噴飯の事態とよぶほかない。オークショット「政治における合理主義」を読めば、アメリカのいわゆるネオコン(新保守主義)なんかは左翼思想の過激な一種なのだと知るほかない。ついでにいっておくと、親米保守的などという我が国の勢力は、左翼国家アメリカに擦り寄る反左翼、という自家撞着もはなただしい連中だとわかる。そうと知れば一億総保守化といわれている今の状態も一億総左翼化としてのアメリカ化のことなのだと断じざるをえなくなるであろう。
その他、福澤諭吉「学問のすすめ」「文明論之概略」、山本常朝「葉隠」、トックヴィルの「アメリカの民主政治」、バーグの「フランス革命についての省察」も薦められてます。
以上
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