[2] 誰がために散る もう一つの「特攻」(6)〜(8)

Comments


みけ
2007/06/26 10:54 AM
くっくりさま。起こしながら涙が止まらなかったという貴女の気持ち、今これを読み終えた人は皆貴女に同意していると思います。読みながら私も涙が止まりません。戦争自体を過去のものとして避けて今を楽しく快適にそこそこお金があって生きていけば人生の成功に様な風潮が続いてきた結果が、現代の誇り無き自分本位で命の大事さを考えない日本人を作り上げてしまったのかと考えたら無くなっていった人達に本当に申し訳ないです。私にも18になる長男がいます。こんな子供が死を持って国を守る、家族を守る、母を思いながら死んでいったと考えると胸が苦しくてたまりません。そういう時代があった決して忘れてはいけませんよね。
長文の書き起こし、ありがとうございました。
道民
2007/06/26 12:33 PM
いつも拝読させていただいてますが、書き込むのは初めてです。
読んでいて目頭が熱くなり、喉の奥がジーンとなりました。
そして、戦死した祖父の弟の言葉「俺は兄貴みたいに頭はよくないから、兄貴の代わりに戦争に行く。みんなを守るから。」を思い出しました。
※兄である祖父は農作業で親指をなくしていたことから、兵役試験に落ち、勉学に励んでいたそうです。
回天の搭乗員は北海道出身の方が多かったんですよね。以前、悪名高い北海◯新聞にも回天の搭乗員だった方の記事がありましたが…結局、記者の「こんなひどいことがあったのだ、戦争はいけない」思想で締められてて残念に思ったことがあります。
回天搭乗員の家族達も沢山いるはずの北海道でこそ、このような記事が新聞などで多くの人達の目にふれるようになることを望んでいます。
にゃはにゃは
2007/06/26 09:34 PM
くっくりさま
今日も長い長い、そして目頭の熱くなる記事、本当にお疲れ様です。

今日は靖国神社にみたま祭りの献灯をお願いしてきました。もちろん参拝も。
そして帰宅してこのサイトを拝見させていただき、もう、なんと言ったらいいのか胸に詰まる思いです。

ずしりと重く感じますのは「命令されてできることではない」という言葉ですね。家族や愛する者を守ろうという熱い思いは、靖国に収集されている英霊の遺書からも伝わってきます。
当時の若い兵たちが「国を守る」と言ったとき、それは愛する者や将来を担う幼い世代を守ると言うことに他ならないわけですね。
ところが、現代の日本では、現代人の価値観で「国のため」という言葉や当時の人々の行動を評価してしまいます。
この記事のように、少しでも当時の人々の心情が理解できる文章が、数多く残されることを祈ります。

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