[2] 産経/竹島特集「波頭を越えて」

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Kaneganese
2007/03/14 01:32 PM
くっくりさん
ちょっと、慰安婦問題で話題がそれてしまいましたが、以前お知らせしたゲーリー・ビーバーズ氏とその研究成果について、山陰中央新報が地道に、しかし続々と記事を載せてくださっています。
? 2/22 竹島問題で韓国側主張覆す古地図見つかる (寄稿した三枚の古地図のうち一枚に、鬱陵島の東側に描かれた小島に「所謂(いわゆる)于山島」「海長竹田」と書かれていると指摘した。)
 *注 ここで、韓国の北東アジア歴史財団が反論。その中で上記の地図は年代不詳でなく1711年製だなどと指摘。(ソウル大学は不詳としているのですが...)ゲーリーも再反論。
? 3/7 竹島めぐる「古地図」報道 (ネット上の論争を紹介。韓国の関係者から暗に"竹島報道を慎んでほしい"と要請を受けた。)
http://www.occidentalism.org/?p=537#comment-15743
? 3/13 「古地図」報道裏付ける韓国史料発見 (1694年作成の「蔚陵島事蹟」。「東方約五里に小さな島があるが、高大ではなく海長竹が一面に生えている」と記されていた。)
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=346535006

最後の昨日の記事はどういうことかというと、例の安龍福の事件の後1694年に鬱陵島の視察に行った張漢相と言う人の報告書、「蔚陵島事蹟」に竹嶼らしき島(鬱陵島の東2km)のことが書かれており、それによるとその島には海長竹と言う竹が沢山生えていたらしいのです。で、ゲーリーの見つけた古地図(ソウル大学のHPで閲覧可能)には、ほぼその竹嶼と同じ場所に島が描かれていて、「いわゆる于山島、海長竹が沢山生えている」とその島の上に記述されているのです。
つまり、"海長竹"をキーワードに、「鬱陵島の東2kmに浮かぶ島(于山島)には竹(海長竹)が沢山生えている。」ということがほぼ同時期の二つの資料から立証されるわけです。
実は、北東アジア歴史財団が指摘するように、この地図自体は新発見ではなく、下條先生でさえその著書に載せているくらいなのですが、この”海長竹田”と言う言葉に注目したゲーリーのお手柄だと思います。まあ、普通の感覚で見ると明らかに于山島は竹嶼なのですが、韓国のこじつけ論理を論破するためにこうした作業が必要なのですね。
ちなみに、この「蔚陵島事蹟」、1694年の調査に基づいた原本はどこにあるのかよく分からないのですが、1722年以降に著者の孫による筆写本が後の調査で"発見"され、原本はソウルに、複製は鬱陵島の博物館に展示されていて誰でも見ることが出来るようです。Occidentalismの韓国人コメンテーターの一人がわざわざコピーしてアップロードしてくださっています。
さらにさらに、この「蔚陵島事蹟」、竹嶼のことが書かれている次のページに「東望海中有一島 杳在辰方 而其大末満蔚島三分之一不過三百余里」と記述されているのです。もしこれが本当なら、韓国の文献で唯一(距離と大きさがかなりちがうけれど)竹島らしき島の記載があるものなのです。実際、幾つかの学者やサイトではこの文献のことについて触れているのですが、余りおおっぴらにしていないんですね。Occiで「竹島は日露戦争の時に日本が戦略的に強引に編入したから無効だ」と言い張って居るアメリカ人(推定)などは、この文献について何度質問しても徹底的に無視するので、ずっと不思議に思っていたのですが、こういう訳だったのです。言わば鬼っ子なんですね。本当に、彼らの行動を見ていると面白いです。

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