[2] 【過去】開戦の日:小野田寛郎さん語録

Comments


sesiria
2006/12/09 12:57 PM
大変良い記事で感動しました。ありがとうございます。小野田さんの本は私も何冊か読みましたが
日本に戻ってこられてからの日本の対応や反応が、お気の毒でした。今日本はすっかり傲慢、不遜になりきってしまって「平和を守る辛さ」などに思いを至らせる事も忘れているかのようです。
戦争は厭だとか悲惨だとか絶対してはいけないなどと、繰り返し左巻きが喚くのですが、それだけでは駄目だろうと。あらためて
広い範囲で考え直すべき時に来ていると思います。
投降
2006/12/09 01:18 PM
NHKアーカイブス

小野田さんは終戦を知った後も投降しないで何年も山中にこもり民家を襲撃して住民を殺し家畜や食料を奪ったのでフィリピン軍の山狩りで銃撃を受け部下が死んだそうです。

終戦を知った時点で投降しなかった理由は
・「絶対に投降するな」という命令を守った。
・日本が独立・復興してフィリピンを再占領するのを期待した。
と言っていたが
・住民を殺したので投降すれば報復処刑されると思ったのが本当の理由らしい。

結果的に日本軍の上層部・上官の判断ミスで死んだ兵士が大勢いる。

もう一人の部下も死んで小野田さんひとり投降して山を下るときにフィリピン軍将校数人に囲まれて歩きにくかったが、それは小野田さんが狙撃される危険から守っていたんだと後で思ったと話していた。
くっくり
2006/12/09 02:06 PM
sesiriaさん:
コメントありがとうございます。
小野田さんのお話は本当に貴重ですよね。小野田さんが日本に戻ってからわずか1年でブラジルに移住されたことについて、私はずっと「日本のあまりの発展ぶりになじめなくて、それで自然の多い国に行ったのかなあ」などと漠然と思っていたのです。本当の理由を知ったのはだいぶ後になってからでした。

投降さん:
コメントありがとうございます。
そういったお話は私も聞いたことがあります。ですが私は現在までを総合的に見て小野田さんを尊敬しています。あしざまに悪く言う人たちの存在も知っていますが、日本が戦後平和主義を貫いてきたことはスルーして昔のことばかり蒸し返し糾弾してくる隣国に相通じるものを感じます。
ある人
2006/12/09 05:13 PM
アメリカは真珠湾を忘れていないようですね。私はアメリカ在住ですが、つい最近も、ベン・アフレック主演の「恋愛物」真珠湾ドラマをテレビでやっていました。「当時、愛し合う2人がいたことを忘れてはならない」などと下らない宣伝を垂れ流していましたが、どうやら、「愛し合う男女が真珠湾の攻撃によって引き裂かれてしまった悲劇の恋愛物語」という、スッゲー陳腐な内容だったようです。私は見ませんでしたが、やはり、やられた側は記憶に残るようですね。

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