Comments
- くっくり
- 2006/11/28 01:03 PM
- オレゴンさん:
コメントありがとうございます。
大国ロシア人ですらそのように感じているとは…。
>中国と地続きというのは本当に恐ろしいことですね。
全くです。海を隔てていても恐ろしいなと思うんですから。日本がもし中国と地続きだったら、とっくの昔に侵略されて滅ぼされてるような気がしますわ(T^T)
- カテナチオ
- 2006/12/01 11:45 PM
- http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-221.html
この話をご存知ですか?
国賊許せない!
- くっくり
- 2006/12/02 01:00 AM
- カテナチオさん:
コメントありがとうございます。
昨日の新聞広告で見出しを見て気になったので、今日コンビニで立ち読みしました。
つーか、すでに昨日のうちにmumurさんちに全文が掲載されてたみたいです(^_^;
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50695135.html
思想がどうこう以前の問題で、人としての品性を疑いますね。
- Apeman
- 2006/12/02 06:28 PM
- とてもすべては指摘しきれませんが
> プロローグの段階でもうすでに核心を突いてるような気がするのは、私だけでしょうか?(^_^;
これについては
http://www11.ocn.ne.jp/~nbbk/143/143_006.html
か
http://www.geocities.jp/pipopipo555jp/143photos/num/n-006-7.htm
をどうぞ。
>近年、肯定派はすっかり分が悪くなっちゃってますしね。出てきても叩かれるだけなので怖くて出てこれないんでしょうね(^_^;
どうせフェアな扱いしないことが目に見えているから断られたんじゃないですかね。
> で、その一週間後にも同じ数字が出てきて、その一週間後にもという形でずっといきまして、一ヶ月後にはなんと安全区の中国人市民の数は25万人に増えております。
> したがいまして、何万とか何千とかいうオーダーの市民の殺害はありえません。
これはすでに指摘したトリックですね。第一に、安全区以外の南京市全域が(兵士を除いて)無人であったことを証明した人物は一人もいません。逆に、否定派の田中正明の文献に”城外にも難民がいた”ことを示す記述があるほどです。戦争が終わっているのに安全区に人が集まっているというのは、逆に言えば安全区の外が危険だったからなのです。
>櫻井よしこ
>「国民党の国際宣伝部の担当者である曽虚白(そ・きょはく)が自伝の中でそう書いているんです。『ティンパーリは理想的な中国の広報のための人物だった。ティンパーリを通してスマイスにお金を使って書いてもらった』と書いてあります。もっと勉強なさって下さい」
しかしその曽虚白は、ティンパリーが南京で事件を「目撃した」という虚偽を書いているんですな。櫻井よしこはもっと「勉強」して、都合のいい資料を鵜呑みにせずに他の資料とつき合わせて資料批判することを学ぶべきです。この点については
http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20061018/p1
もどうぞ。
>終戦直後の日本で「真相はこうだ」が、GHQの思惑通り受け入れられたとはいえない。
戦後の日本人がGHQに洗脳されてきたというのはウソ、ということですな。
>一説によれば20万人という数字は広島・長崎の原爆投下による犠牲者数に近く、米国の戦時国際法違反から日本人の目をそらさせるために考え出されたといわれています。
歴史学プロパーの研究者でそんな「説」をとっている人がいますかね?
>渡部昇一さん<「中国を永久に黙らせる100問100答」保存版30ページ>
>Q21 南京大虐殺の虐殺人数は三十万人だ
>【答】当時の南京の居住者は約二十万人。戦闘行為中は逃げていたのでしょうが、日本が南京に入城すると安心して南京に戻ってくる人が多数出て、間もなく二十五万人になった。
安全区と南京市をごっちゃにするような回答では「永久に黙らせる」ことなど永久に出来ないでしょうね。
>写真の嘘が明らかになったのなら、あとは日記の真偽が焦点となる。例によって朝日は、取材情報源の秘匿を主張し、さんざんゴネた上に朗読まではしぶしぶ行ったが、筆跡鑑定のための開示を拒んだ。
秦郁彦の『現代史の謎を負う』上巻、194頁を参照。実は朝日が使った日記は都城二十三連体会が以前に連体詞を編纂した際借り出して、二カ所を引用したことのある本物。連隊会はそのことに気づいていながら抗議を続けていたわけです。
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