[2] 河村市長頑張れ&支那軍と支那人の特徴及び南京陥落前の大混乱

Comments


2012/02/27 10:24 PM
>いずれにしろ、日本軍が強すぎた副産物として、『南京大虐殺』という表現は受け入れていいと考えいます。

「南京大虐殺」という用語自体がすでに日本を100%悪者にしようという悪質プロパガンダの
産物であり、あなたの歴史認識によるならば受け入れてはならない用語だと思います。
シナが言う30万人大虐殺に異議を唱えるならば、「南京大虐殺」などと呼称すべき事件は
存在しないとまず言う必要があると思います。
sss
2012/02/28 12:54 AM
>いずれにしろ、日本軍が強すぎた副産物として、『南京大虐殺』という表現は受け入れていいと考えいます。

私も直前のレスの方と同意見です。
donnat様のお考えの南京での経緯が妥当であれば、それは、例えば「南京大掃討戦」程になるべきで、
正統性がなく無力微力な者を撫で殺す意味の「虐殺」しかも頭に『大』がつく意味は日本側には全くないです。
おれんじ
2012/02/28 01:28 AM
私も「南京大虐殺」という表現そのものがあちらのプロパガンダを受け入れるという意味になりますから、便意兵または一部市民の殺傷があったと考えるのであれば、より具体的な表現に変えるべきであると思います。

河村市長に応援メール出しました。倉元満先生によると、中国の反応は100%お約束、というか中国としては当たり前の事だそうです。こちらはこちらで堂々と事実に基づいて正論を述べればよいと思います。画像こちら。

http://www.youtube.com/watch?v=FJ9vpihhrWg&feature=channel_video_title

応援クリック。
 
2012/02/28 10:36 AM
>南京で終戦を迎えた父親が南京の人々から温かいもてなしを受け、お礼に桜の木をプレゼントしたことなどを話し

さっそくここだけ切り出し、無かった派はいつも南京で優しくされたなどというなんの証拠もなく、証言のみで感情的に反応するってブログ見たんだけど、それってすごいブーメランだよね。
というか、これは皮肉で無かった派の人なのかしらん?
donnat
2012/02/28 12:45 PM
sssさん、おれんじさん、ありがとうございます。

私もはっきりと意見を言ってくれる河村市長を応援してます。

私もあった派、受け入れると言っていますが、日本側から虐殺をしたと言う必要はありません。

因みに、英訳されるときは注意深くみております。

間違った単語で表記されると非常に迷惑ですから。


〔Slaughter、Genocide、Holocaust〕

虐殺:Slaughter <〈人を〉虐殺する. (特にスポーツで)〈…を〉完全にやっつける>

虐殺:Genocide < (ある人種・国民などに対する計画的な)集団[大量]虐殺 >

皆殺し:Holocaust < 全燔祭(はんさい) 《ユダヤ教の祭事で獣を丸焼きにして神前に供えるいけにえ》. (特に火による)大虐殺,全焼死.>

特にHolocaustには、 (第二次大戦中のナチスによる)ユダヤ人の大量虐殺の民族浄化の意味が加わっている。

<Genocideも、Holocaustもなかった>

日本の南京大虐殺はSlaughterであり、Genocideでも、Holocaustでもない。英訳でGenocide、Holocaustが使われている場合は厳重に反論が必要であり、Slaughterの場合は甘んじて受け入れるというのが私の見解である。

南京大虐殺はなかったと言っておられる方は、日本のことを思っているので実に心地がいい。

日本の将兵も士官も非常に優秀で命令に忠実であった。それは私達の祖先であり、誇りにしていい。

また、参謀本部も日本への忠誠心と国家への奉仕心は、現代の我々と比べることのできないほど高いと思われる。東条英機が天皇陛下を思う御心は神を崇めるほど深かった。

しかし、頭の中は秀才バカである。大局観に欠け、国際感覚を持たない集団であり、失敗を酷く嫌い、プライドが異常に高い、酷い言い方をすれば、一種のカルト集団であった。

軍参謀本部の失態を士官と将兵が補っていた。

開戦当初の進撃はまさに士官と将兵が有能あったからであり、多くの悲劇が生まれたと思う。


かのチャーリーチャップリン(チャールズ・スペンサー・チャップリン・ジュニア)が言っているように、

「一人殺せば悪党で、百万人だと英雄だ。」

映画「殺人狂時代」で言っているように勝った方に正当性があるという皮肉だ。

勝てば官軍、負ければ殺人者(大虐殺者)と言われるのは、世の常である。


負けた側の子孫として、虐殺:Slaughterと言われるのは甘んじて受け入れるが、虐殺:Genocideや皆殺し:Holocaustといった民族浄化を意図した虐殺は歴史上に存在しないとはっきりと申し上げたい。

日本政府や左翼思想者のように、虐殺:Genocideや皆殺し:Holocaustを受け入れそうな連中より、虐殺はなかったと言ってくれる方々の方がより親好的である。

虐殺:Genocideや皆殺し:Holocaustと表記されているものには、はっきりと抗議するべきだ。

「日本軍は、ドイツにおけるHolocaustなどやっていない。Genocideなどもってもほかだ。」

因みに、あの大戦におけるGenocideとは、ハリー・S・トルーマン大統領を差す。東京大空襲を始めとする無差別空襲、広島・長崎への原爆投下は、意図として一般市民を無差別に狙った攻撃である。このことを東京裁判で示唆した石原完爾が無罪になっていることからも、米国も触れてほしくないところだ。

一人殺そうと10人殺そうと、殺人は殺人。

100人であっても100万人殺そうとも、大虐殺は大虐殺。

殺した数で優劣は付かない。

勝者は英雄と称えられ、敗者は大虐殺者と罵られる。

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[Serene Bach 2.04R]