Comments
- 生きる者すべてに春は来る
- 2011/05/31 02:28 PM
- 道民の将来も悲しい、創価学会の久本さんや柴田さんを見てもわかるとおり、生き方として損しているようにしか思えない。
実は世の中には存在することすら意味不明な生き物も居るもんだと近頃思います、
そんなもの達には春は来ない、
実際来てませんもんね^^
- M
- 2011/05/31 04:34 PM
- くっくり様、更新お疲れ様です。
>自分の国の国旗や国歌に敬意すら払えない人間が、国や国民、地域や地域住民のために働く公務員としてふさわしいのかどうか。
全く同感です。
ある日のミヤネ屋で、橋下知事の君が代条例について報道しているるの見かけました。最近バラエティで引っ張りだこの尾木ママが電話でコメントを求められ「こんなの憲法違反ですよ!」と激しく反対していて、あ〜この人もかぁ…と思いました。
- 喜多院
- 2011/05/31 06:03 PM
- 君が代の替え歌と言えば慰安婦の団体が作った”オールドマザー どうのこうの”と言うのもあったように記憶しています。
「君が代」歌わせるにも憲法違反と叫ぶのも”内心の自由”なら「君が代」を普通に歌うのも”内心の自由”です。
自由の意味をはき違えるとこう言う大人になってしまうんですね
- リベ
- 2011/05/31 06:32 PM
- 他国の国旗や国歌に敬意を持つ、という国際常識を学ぶためには、自国の国旗や国歌に敬意を持つことを学ぶ必要があるんですけど、
「他国の国歌には敬意を払う。日の丸の旗に敬意は不要」とか意味不明な事を言う人がいるのに驚きです。
- Kachi
- 2011/05/31 08:02 PM
- くっくりさま
初めて書き込みさせていただきます。
いつも大変興味深い記事をありがとうございます。
教員がどのような思想を持っていても、それを無理やり矯正することはできませんが、教員の立場としては、国旗が掲揚され、国家が斉唱されるときは起立し、国旗に注目するという行為が国際的な礼儀であることを子供たちに教える義務があります。
にもかかわらず、自分の個人的な主義を押し通し、公の身でありながら、公の場でこうした礼儀を自己中心的に拒むことが是であると子供に教えるようでは、教員、公務員としての職務を放棄しているとしか言えません。
このようなことが裁判で最高裁までもつれ込むような茶番が演じられるのは、世界広しといえども日本くらいなものです。
どうも欧米の自由主義、個人主義を曲解しており、【権利と義務】をきちんと理解できていないとしか思えません。
2004年頃に産経新聞と朝日新聞が社説やコラムで紙面議論を交わしていたころのテキストの一部が私のPCに残っており、読み返してみましたが、今回の原告と朝日新聞の論調は寸分たがわず同じで、いずれも国家不在の自己中心の議論に終始しています。そこに公の立場としての教員や公務員の立ち位置からの発想は一切なく、自己の思想の公の場での発露にしか重点を置いていないのが明らかなのです。
国旗国歌が掲揚、斉唱されなかったのは和歌山でも同じでしたか。
京都もそのようです。
このような教育や議論があたかも正論のように強行される国など、どこにもありますまい。
ほかにも書きたいことはたくさんありますが、記事の本論から外れますので、またの機会にさせていただきます。
ありがとうございました。
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