[2] GHQ焚書より 拉致され兵隊にされた中国人青年の体験

Comments


ころ
2009/07/19 10:31 AM
ここでも売っています
https://www.kosho.or.jp/
三大規律八項注意
2009/07/19 08:25 PM
<三大規律>
・命令には服従
・民衆のものは針一本糸一筋もとらぬ
・敵や地主からとったものは公のものにする
<八項注意>
・言葉はていねいに
・買い物は公正に
・借りたら返す
・壊したら弁償する
・人に暴力を行使しない
・農作物を荒らさない
・婦人をからかわず乱暴しない
・捕虜をいじめない
さっちゃん
2009/07/19 10:14 PM
数か月前「ウォーロード」という
中国映画を見ました。

その中にこういう場面がありました。
舞台は清末の中国。
盗賊集団がある町を
襲い制圧します。

そのリーダーがそこでこう宣言します。
「これから3日間はおきてに従って、好きなだけ盗んで、殺して、
女性を暴行してもいいぞ」

これを見て「三光作戦」のルーツってここかぁ〜と思ってしまいました。
腰抜け外務省
2009/07/19 10:40 PM
<新三大規律>
・共産党には盲従のふり
・民衆のものは搾り取れるだけ搾り取る
・賄賂は自分のものにする。
<新八項注意>
・言葉は尊大不遜に
・買い物は不公正に
・借りたら返すな
・毒入り食品は他人のせいにする
・他民族は暴力で服従させる
・農作物は農薬漬け
・女の子は中絶する
・犯罪者は処刑して臓器売買
hamusuke
2009/07/19 10:52 PM
日本では、どんなに善い政策をしても批判ばかりされる総理大臣がいる。
ある意味、支那がうらやましいですね。指導者の悪いところは隠したほうが、国はまとまります。

一国の総理がこんなにバカにされるのも珍しいです。
クニ
2009/07/19 11:17 PM
今回のも実に興味深いですね。
中国人にとって兵隊=略奪者と言う図式は簡単に想像できます。

ですが、日本の統治下の南京での映像を前に見た事がありますが、何と平和な事でしょう。規律が徹底していたからなんでしょうね。
日本軍=略奪者だったらあり得ない映像だと思います。
まれびと
2009/07/20 01:08 AM
北村稔先生の話への補足なんですが…

> 中国人にとっての歴史、歴史描写に対するスタンスについての林思雲氏からの重要な指摘があります。
> それは中国人にとって歴史を書くというのは、本当のことなど書かなくていい、自分たちの体面を保つためには、嘘をついていい、それが愛国の証しなのだということを日本人はもっとわかっていたほうがいいということです。

ここは(地理的に)シナに独自の現象でも、民族的にシナ人特有の現象でもなく、「前近代」の社会では極く一般的な現象です。
(歴史的には)日本でも中世は、さうした時代でした。

以下、『偽書の精神史』から引用です。
http://www.bk1.jp/product/02183218

> 鎌倉時代の安貞元年(1227)のことである。
>        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> 聖徳太子が書いたという未来記が出現するのは、実はこれが初めてではなかった。
>        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> これほど明々白々たる偽書が繰り返し出現しては人々の心を捉えるという現象は、現代人にとって、ほとんど理解を超えることである。
> だが、中世には聖徳太子未来記に止まらず、実にさまざまな偽書が作られては、公然と社会に流通していたのである。

> 現代人の目から見た時、偽書の作成は許しがたい行為であり、それ自体、邪悪なものである。
> それは道徳的に「悪」とみなされているだけではない。
> 場合によっては公文書偽造・私文書偽造といった、法律に抵触する行為だった。

> しかし、中世はどうであろうか。
> 一見する限り、直接自らの利害に関わらない限り、世に流布する文書の真偽を厳密に区別しようとする指向性は皆無である。
> 偽書を著した当事者にしても、その行為に対する罪悪感は一かけらも見られない。
> さらに、ひとたび作り上げられた偽書は、聖徳太子未来記に見られるように、驚くほどスンナリと社会に受け入れられて行く。
> その結果、中世社会には膨大な数の偽書が流通することになった。

> なぜ、このような現象が起るのであろうか。
> 中世には、現代人には想像もつかない、まったく異質な精神世界が広がっていたと考えざるを得ない。

> とすれば、私たちがなすべきことは、偽書を思うままに作成することを容認し、その流通を抑止できなかった中世社会の未開ぶりを指摘して、その迷妄をあげつらう事ではなかろう。

> 偽書を生み出し、それを受け入れていった中世人の精神世界それ自体にメスをいれようとする試みでなければなるまい。
(pp.6-9,『偽書の精神史』)


で、「客観的な事実」と「己の意見・願望」を明確に分けるやうになつたのは、日本では江戸時代以降です。

> 江戸時代に入ると、やがて<偽書>に対する見方に変化が生じてくる。
> 「実証的」「合理主義的」立場から偽書の主観性・恣意性を指摘する批判が出現し、それが社会的な風潮となって行くのである。
>        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> 宗学(しゅうがく)勃興の気風の中で、中世にはほとんど無批判のまま流通していた数々の偽書について、「実証的」「合理主義的」視点からの批判が行われるようになってくる。
> それは神話の世界にもおよんだ。
> 仏教系の神道書は勿論、中世において重んじられた「神道五部書」さえもが、みな「偽書」のレッテルを貼られてしまう。

> それは江戸時代において、古学や国学が成立し、中国や日本の古典に対する「実証的」研究が盛行することと共通する現象だった。
> 彼らは主観に彩られた後代の解釈を退ける一方、仏教に汚される以前の古典本来の精神を、テキストに対する実証的研究によって見出そうとしたのである。

> 本居宣長の『古事記伝』が学問的には多くの問題を孕みながらも、いまなお『古事記』研究において参照すべき必須の文献とされているように、宗学(しゅうがく)も、その「実証性」において見るべきものを持っていたのである。
(pp.221-222,『偽書の精神史』)


これは宗学(しゅうがく)に限らず、商業でも並行する現象で、資本主義の芽は江戸時代にさかのぼります。

日本の「近代」は江戸時代から始まる訣(ワケ)です。


オマケ
http://www.youtube.com/watch?v=-VOCDFIW4xg&feature=PlayList&p=4112EC95834EB139&playnext=1&playnext_from=PL&index=32

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